父の肖像、父の背中

以前からヤマクリニックに来てくださっていた患者さんにはピンとこないかもしれませんが、父は、元々は消化器の外科医でした。

いまでこそ、医療にも「働き方改革」が浸透しているようですが、私が研修医の頃は、そんな言葉はなかったと思います。ましてや父の時代の外科は「月月火水木金金だ!」と教授に言われていたそうで、多忙を極めていました。ですから、夕飯時に父がいると「今日はなぜいるのかな?」と不思議に思うくらいでした。

その、たまに出現する父に、幼い私は学校での出来事などを一生懸命に話すのですが、小さい頃は褒めてもらいたいものですから、よく出来たことや褒められたことを報告していました。父の返事は、いつも「すごいですね」「えらいですね」で、もちろん怒られたことなどありません。何を言っても同じ調子で同じ言葉が返ってくるので、本当は話を聞いてないのかな?と思っていたくらいです(笑)

小学一年生になり、初めてのひらがなのテストがありました。「の」という字を書くテストで、出来た人から先生に提出するのです。

私は、とにかく早く書いて、早く出しました。

急いで書かれた、ひしゃげた「の」の字は、先生の赤ペンで沢山、直されて返ってきました。

それでも私は「早く書けたんだよ」と言って父に見せたのだと思います。そうして、いつもの言葉が返ってくるのを待っていました。

ですが、父はしずかに「正確に書きなさい。ゆっくりで良いから」と言ったのです。

「簡単に見えるものほど、ちゃんとやらないと。違いは一目瞭然だ」と。

あのとき…幼い私が受け取ったのは、早いから良いとは限らないこと、大事な最初の一歩がいい加減では、その後もずっといい加減になってしまう、ということではないかと思っています。

クリニックでの診察も同じです。

急がず、慌ててず、一人ひとりに丁寧に向き合っていくこと。それを支える知識と技術、新しい治療法…ひしゃげた「の」の字から始まった私の学びは、これからも続きます。