或る雨の日に…スケッチ旅行の足跡を巡る

ヤマ・クリニックの受付や診察室には、父が趣味で描いた絵画が飾られています。

今回は絵画についてつれづれに書いてみようと思います。

私が子どもの頃、お絵かき帳として与えられたのは本格的なスケッチブックでした。もったいなく思えて、なかなか1冊描き終えることが出来なかったくらいです。ある日「クレヨンがほしい」と父に言うと、角柱型のパステルを譲り受けてしまいました。お古で使いかけでしたが、36色入りの立派なものです。黒い蓋をあけると、なかなか見ないような美しい色が詰まっていて、子ども心にうっとりしていました。絵の展覧会で入選すると一番に喜んでくれたのは父だったと思います。父が忙しかったのと、私の無精な性格から、飾られた絵を一緒に見に行くことはなかったのですが…(見てもらうのは恥ずかしい気持ちもありましたので、とくに残念な記憶ではありません)。

私が中学になる頃には、父の仕事も段々と落ち着き、スケッチ旅行にも行けるようになっていました。絵描き仲間と海外まで行ったこともあり、国内であれば私がついていくこともありました。この頃の父は沢山の油絵を描いていました。そうしてできた絵をもって、神保町の文房堂に行き、額縁を選ぶのです。店では、幼い私が譲り受けたのと同じ美しい36色のパステルが1本ずつ販売されていて、驚くとともに懐かしく眺めたものでした。

父は、自分で「ちょいちょい書き」と言っていたのですが、その場でボールペンを使って簡単にスケッチすることもありました。後でしっかり色彩を入れたい景色があると、私に構図を指定して写真を撮らせました。写真と、記憶の中の風景を重ねて、絵を描いていたようです。

ある日、さらさらと降り続く雨にけぶる上野公園を散歩していると、「ここの写真を撮ってくれ」と頼まれました。そこの景色が前からいいと思っていたのだそうです。動物園の裏門の、ひっそりとした道から見たその風景は、父が気に入って遺した絵の一つになりました。

今年は新盆になります。迎え火の風習は我が家にありませんが、お墓を訪ねてみました。帰り道は、あのときと同じ天気、同じ景色。思わず振り返って写真を撮りました。あの頃も今も、この景色がそんなにいいものかなあ……と思いながら。